けえるは低血糖症

糖質制限します( 'ω' )

困ったことになった

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タイトル通りなんですけど、いま非常に困ったことになってます。主に私が来月から住む家と仕事に関する困りごとです。あまりに精神的打撃が大きくて冷静さを失ってしまったので、ちょっと整理のために状況を書こうと思います。ブログタイトルと何の関係もないので低血糖症とか糖質制限とかの話かと思ってページ開いた人がいたらごめんなさい。

 

ことの始まりは2016年6月、自分の体調が安定してきたのもあって、かねてから実家に戻ってこいとしつこく言っていた老親の生活の見守りのため、あと自分自身の貯金のために、在宅で出来る仕事に切り替えて実家に戻ることを決め、わたしは諸々の準備を進めていました。仕事上の手続き、住所変更に関わるあれこれ、仕事部屋として実家を使うための工事、掃除や細かい買い物など。

実家に戻ることを決めた際、世帯主である父親に話して了解を得たのは、元々祖父母が生活していて、今は使われてない部屋を仕事部屋兼わたしの生活の部屋として使うことでした。祖父は既に他界していて、祖母は親戚の家に引っ越したあと、いまは老年病院で生活していて部屋に戻る予定はありません。

在宅での仕事なのでパソコンを使うこと、そのためのインターネット工事が必要になることなどを説明して、父親からはなんの不満も言われず了承を得ていました。工事のある日は事前に伝えるなど、何かあるたびに確認しながら準備を進めていました。父は病人で、そのうえ細かいことを死ぬほど気にする性格なので、病状に配慮したうえで何か不満がないか、せいいっぱい気を使って接しているつもりでした。

わたしの父親は50代で病気をして半身麻痺になり、さらに2年ほど前にまた体調を崩したため、部分的に日常の介護を必要とするようになっていました。具体的に言うと、杖をつかって歩くことはできますが、ペンを握ってものを書くことが出来ません。トイレは自力で行けますがお風呂は難しいので介助を必要とします。紙やスプーンは持てますが重いものや大きいものは持ち運びできません。24時間つきっきりの介護とまではいかなくても、少なからず見守りが必要な状態です。先々月まで入院していましたが、自宅に帰ってからはリハビリのため週2回デイケアに通っていました。

父の生活を見守るために在宅勤務に切り替えたのは、そういう状況があってのことでした。

今月から具体的に準備をはじめて、住所変更の手続きなどで役所に行ったり、週に1回ほど東京から実家に戻ってエアコンやらインターネット工事の下見やらを進めていました。ここまでとくに問題はありませんでした。

そして昨日はインターネット工事当日で、工事業者さんに来てもらうため実家に昼頃帰りました。この日トラブルが起きたわけですが、あまりにも唐突で、完全な不意打ちでした。

家に着いたところ業者さんが少し先に到着していたため、私はあわてて家の中に案内して、ケーブルの引き込みはここから…とか、以前に光回線を引いてた場所はここで…と説明していました。すると突然父親が話に割って入ってきて、工事をやめろと言い出しました。工事業者さんが困惑していると、わたしの話を遮って、やめろっつってんだろーがー!!と業者さんを怒鳴りつけはじめたので、顔色がすっかり変わってしまった業者さんに謝り倒して、一旦工事を止めてもらうことになってしまいました。

大きい声を出す元気はあるものの、父親は一応病人なので、落ち着いて話を聞かないといけないと、責める口調にならないように気をつけて聞きました。急にどうしたの?大丈夫?なにかあったの?という感じで。まだここまでは私も冷静だったと思います。話せばなんとかなるはずだと思ってました。

父親が喚きながら言い始めたのは、私が仕事部屋として使おうとしていたところは祖父母の部屋なのだから、お前は使うなということでした。

最初から仕事部屋として使う話をしてあって、本人も了解してたのに、なぜ突然考えが変わったのか、なにか理由があるのかと聞くと、私の性格が自分勝手だからだと。何のことかというと、私が部屋の掃除をしたときに仏壇の位置をずらしたことにキレたようです。お前は性格がわがままで自分勝手だ、出て行け帰ってくるなと怒鳴ってきました。

以下、私の言い分ですが、仏壇は元々部屋の端にあって、埃まみれになっていました。何年も掃除されていなかったので、掃除機をかけて雑巾でふいたのですが、開けっ放しだと埃が溜まると思ったのと、工事業者さんの邪魔にならないようにと扉を閉めて部屋の端側にさらに30センチほど寄せたのですが、父親はそれが気に入らなかったようです。位置を変えたつもりはなく、ただ少し壁側にずらしただけですが、扉を閉めたことがダメだったようです。仏壇がかわいそうだろうがー!とのこと。埃まみれで放置してたのは誰だよ、と思ったけど、言い返してもどうにもならないので言いませんでした。

あまりにもキレる理由が理不尽で、どうしようもねえなこいつは、と思いながらも、言葉は冷静であるように努力しました。

あそこが祖父母の部屋だってことはもちろん承知してるし、掃除しただけで私自身の好き勝手でやってることではない、祖父母のものは片付けたりしないでそのまま置いてあるよね?勝手に捨てたりしないって話したよね?仏壇のこともお父さんが言いたいことはよくわかった、それでもなんで私が出て行けって話になるのかよくわからないよ、仕事部屋として使っていいって話だったよね?私このままだと困るんだよ、ということをなるべく穏やかに話しかけたところ、ちょっと父の本音が出てきました。

黙れうるさい、あの部屋は俺が使うんだから、お前は出て行け、と。

父は寝るときは一階の寝室で寝てますが、祖父母の部屋としてずっと使われなかった部屋のほうが広いのです。畳だし寝室として使えそうです。加えて、エアコン工事とアンペア数変更工事も済みました。私が掃除もして、片付けました。父は、あっちの部屋のほうがいいなぁー、と思ったんでしょう。

そういえば、父はこういう奴でした。しばらく家から離れてたせいで、すっかり忘れてました。子どもの頃の嫌な思い出がじわじわ蘇ってきて、頭が痛くなって、気がついたら涙が噴き出してました。

理不尽だと言っても伝わらないのはわかっていたので、とにかく落ち着いてほしい、冷静に考え直してほしいということを訴えました。あの部屋が使えないと仕事が出来ないから戻ってこれなくなっちゃうよ、仕事も退職してきて工事もしていろんな契約のお金も払ってて、来月すぐ仕事はじめなきゃいけないのに、戻ってきて欲しいって言われてたのに出て行けなんて、急に考えを変えられると本当に困るよ、と泣きながら話をしても、お前は自分勝手だからダメだ出て行けと最初の話のループになってしまい、仕事を辞めたのも次の仕事を決めたのもぜんぶお前の勝手だろうが、ぜんぶお前が自分勝手なせいだと怒鳴るだけ、一向に話を聞く態度にならないどころか私が勝手に帰ってきて迷惑だお前はいつも迷惑なんだよ馬鹿野郎と怒鳴られ、何を言ってもすべての努力が裏目に出る状況に心が挫けて会話を続けられなくなってしまい、工事の金なら払ってやるから今すぐ出て行けと言われたところでもう言葉が何も続かなくなり、置いてあった荷物をまとめて家を出てきてしまいました。ちなみに父は所持金がほとんどないので、払うと言っているのは母親のお金のことです。父の中では母親の金は自分の金なんでしょう、そういう考え方も昔から変わってないんだと思ってもう何にも言えなくなりました。

思えば元々、ちょっとしたことでキレる、理不尽で暴力的な言動のある人間だったなあ、子どもの頃から嫌な思いをしてきたんだったなあ、と思い出しながら、それでも、やっぱり、病気の父を見守ろう、実家に戻ろうという気になったのは、年月が経って、父が病床の折になんとなく、人間が丸くなったような瞬間が垣間見えたりして、ああもう昔と同じ人間じゃないんだ、小さいころじぶんが怖がってた父はもういないんだと安心したからだったんですけど、いざ帰ってみたら、全然変わってないどころか、逆に嫌な部分が頑なさという形で強化されてて、完全に心が折れました。無理だ、あれは無理。私にはどうすることもできない。

 

この日のことを我慢して無かったことにして、家に戻ろうとすれば戻れるのかもしれないけど、どうせまた同じことが繰り返されるだけで、いつか仕事先で取り返しのつかない迷惑をかけてしまうんじゃないかと思うと、情けなくて涙が出てきて、呆然となってしまう。結局のところ、私の見通しが甘かったせいだ。やらないといけないことがたくさんあるのに。仕事はどうしよう。今から部屋探しして、間に合うだろうか。工事はどうしよう。仕事先にも迷惑かけてしまう。あー、困った…。